07月23日付 日刊スポーツの報道「無言で刺す女子高生、賑わう町に衝撃走る」へのコメント:

「むしゃくしゃしていた、誰でも良かった」って動機をニュースでよく見かけるが、「誰でもいい」で人を刺して「むしゃくしゃした」という気分が晴れるのだろうか?

腹が立って何かに八つ当たりする、というのなら分かる。
会社のすみにあるダンボールを蹴り飛ばしたり、コマーシャルじゃないがバッティングセンターで吼えたり、そんな風に発散することは俺だってある。

だが、発散する、という行為が「人を刺す」という行動になるのが理解できない。
高校生という年齢の少女に、「人を刺す」という行為がどういう結果につながるかが理解できていなかった、とは思いがたい。

佐世保の小学生の女の子の事件は明確な動機があったので、まだいくらか理解できるが、今回のこの事件は全く分からない。

一つだけ分かったのは、自分は何も悪いことはしていなくても、ただぼけーっと突っ立っているだけでも
「むしゃくしゃした。誰でも良かった」
という理由だけで背後から包丁を突き立てられる可能性がある、ということだけだ。

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