大学生の頃は法学部に籍を置いていた。
3年次から履修する、いわゆる「ゼミ」というものは、法学部だけあって、どのゼミであってもそれぞれの法律の細かいところを掘り下げるものだったが、その中に一つだけ「パソコン使用」という変り種があり、まだ大学の「パソコンルーム」に5インチFDDのPC-98が鎮座しているご時世に、単に「パソコン」というものに対する興味から、「パソコン」というものに対する予備知識はほとんどない状態にもかかわらず、このゼミを選択した。

何のゼミかというと、平たく言えば「電子裁判官」を作る、という主題のもので、論理式を組むのに適した「Prolog」というプログラム言語を使用して、「被告人△は刑法○○条により××の刑とする」という回答が自動的に出るようにプログラムを構築する…と教授は説明した。
法学部の変り種なこのゼミで、俺はMS-DOSの基本的な操作から、エディタを使ってのPrologのプログラム文を書くまでの方法をイチからマスターし、ある程度の論理式なら組めるようになったのだが、実際に「電子裁判官」となると、話は別物だった。

分かりやすく「刑法199条 殺人罪」を例に取ろう。
199条は平たく言うと「人を殺した者は死刑」という規定だ。だが、実際に殺人を犯した人が全員死刑になっているかというと、そうではないのは自明の理だ。
まず「人を殺した者」、この人が少年なのか、未成年なのか、成年なのか。それによって量刑が変わる。
更に、
 殺意はあったのか、なかったのか。
 初犯なのか、再犯なのか。
 複数人殺したのか、一人殺したのか。
 衝動的だったのか、計画的だったのか。
等々の条件により、量刑が増えたり減ったりする。

それに更に加味されるのが「情状酌量」というやつ。これは山東省の「電脳量刑」でも話題になっているが、数値や規定による明確な基準がないので、プログラム文でバッサリと判断するのが難しい。

仮に、ある人が実に周到に計画した上で自分の両親を殺したとしても、その犯人が「両親から日常的に暴力を受けていた」という事情があればどうなるか?
どういう論理式を組めば、この「情状酌量」を判断することができるだろうか? 

実際には、ゼミでは刑法は取り扱わず、情状酌量の余地があまりない民法の契約法をメインに、せっせとプログラム文を書いていた。
無論、1年程度のゼミではプログラム文が完成するはずもなく、中途半端なプログラム文を提出して、ゼミは終わった。

残ったのは、ブラインドタッチの技能と、基礎的なMS-DOSの知識だけ。Prologは一般的なプログラム言語ではないので、ゼミを終えた後は何の役にも立たなかった。
就職活動時に、法学部在籍なのにパソコンを使ったゼミを履修した、というのが「話のネタ」になった程度か。

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